てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

立場や役職の違いはあれど、わたしたちは「対等」なのだ。

てつこは入社して約4年経った頃、突然休職した。

本当に「突然」で、同僚・上司だけでなく自分自身も驚いた。

 

今でも覚えている。

仕事始まりの月曜日の朝、いつも通りに支度をして玄関のドアノブに手をかける。

その瞬間、涙がぽろぽろと出てその場に立ちすくんだ。

身体は硬直していたが、頭は冷静だった。

『あぁ、これは、ヤバイ。』

ひとしきり泣いた後会社に連絡を入れた。体調不良で休む、と。

急な連絡で困ると言われないか、ドキドキしすぎて心臓が壊れるかと思った。

 

数日続けて休んで悟った。

『もう会社には行けない。営業室に入れない。足が動かない。』

会社の健康相談室(保健室みたいな所で、健康や勤務の不安を聞いてくれる)の

電話番号を知っていたので急いで連絡して予約を取り、即日駆け込んだ。

カウンセラーさんはてつこが勤務できる状態ではないと判断し、

上司に電話をした。長く休みましょう、と。

電話を代わり、上司に泣きながら説明した。すみません無理みたいですと話した。

そして産業医の面談を経て、総合病院精神科への紹介状を手配してくれた。

 

今振り返ると我ながら冷静な判断が出来たと思うし、色々ラッキーだった。

以前メンタルクリニックに行ったことがあり、心の不調について知っていたこと。

会社に相談室や産業医といった制度がありいつでも利用できたこと。

上司も驚きつつも「休んでください」と明確に言ってくれたこと。

どれかが欠けたら、もっと悪化したかもしれない。

 

てつこの会社は世間でいう””ブラック””ではない。ホワイトに近い。

それでも、てつこは疲れてしまった。

上司に認めてもらうため、ノルマを達成しようと頑張った。

先輩に「使える子だ!」と言ってもらうため、必死に事務スキルを覚えた。

お客さんに「良かった!」と言われるため、嫌なことがあっても笑顔で対応した。

毎日毎日頑張った。

そうしないと、年齢も経験も若いてつこは会社についていけなかった。

 

1年の休職期間中、そういった自分の働き方を思い出していた。

あの時、先輩にこんなことされて凹んだな。

あの時、お客さんにクレーム入れられて嫌だったな。

あの時、上司に怒られてトイレで泣きじゃくったな。

嫌な思い出ばかりがぐるぐると回る。

 

『なんでわたしばっかり頑張っているんだろう』

 

みじめな気持ちになった。またその考えがぐるぐると回る。

二回りも三回りもした時に、また思い出した。

あの時、先輩はぎっしり書かれたノートを後日貸してくれた。

あの時、自分も間違った説明をしてしまった。

あの時、都合のいい考え方で処理を進めていて上司が気付いたんだ。

そしてようやく至る。

 

『わたしだけじゃなく、みんなも頑張っているんだ』

 

その瞬間、肩の力が抜けた。

自分一人だけ…という考え方がら脱したのだ。

少しずつ紐解いていく。

先輩も苦しい時期があったしトイレでも泣いていた。

お客さんは神様なんかじゃなくて、ワガママも言うし正しい指摘もしてくる。

上司は(大概は)意地悪じゃなくて仕事として指示や指導をしてくるのだ。

 

一つの答えにたどり着く。

相手もわたしも立場や役職に違いはあるかもしれないけど、

一人の人間として対等であり変わらない存在なのだ。

だからこそ、特別扱いもしない。相手のために必要以上に頑張ることもしない。

相手を大事にするなら、自分のことこそ大事にする。

それでいいんだ。

 

その後復職し、心身ともに安定して勤務できている。

あの時の気付きがなかったらと考えると、正直ゾッとする。

働き方だけでなく生き方にも影響を与えた気付き。

これからも忘れないようにしよう。

休職した一年こそ、わたしの転機だった。

 

【御礼5 & 自己紹介的なもの】

ご覧いただきありがとうございます。

お初の方、初めまして。

こちらは てつこ といういい大人がぐだぐだ言っている雑記です。

本当に嬉しいことに、先日アクセスの合計が1万を超え、

てつこはとても晴れやかな気持ちになりました。

多くのアクセスをいただけることで

稚拙な文章が恥ずかしいなぁと思う反面、

多くの人と出会っている感覚になり楽しい気持ちです。

 

紙ベースの日記はすぐに飽きてしまいました。

その時に考え付いたのがこのブログでした。

それがこんなにも長く続いているのは皆様のおかげです。

こうやって思うことや考えたことを文章化できることは

とてもおもしろく、自分の身になります。

なかなか更新できなくとも、続けていきたいなと思います。

 

節目なので、今更ですが自己紹介的なことをします。

別の方のブログでやってらっしゃるのを見て、

なんかおもしろそうだな!と思ったので真似てみます。

 

 

【↓以下、自己紹介的なもの】

◆名前

 てつこ(Twitterでは「じとめのてつこ」)

◆名前の由来

 ①漫画『賢い犬リリエンタール』のてつこが好きなので

 ②普段ジト目っぽいなと自分で思うので

◆年齢

 30歳代

◆職業

 暦通りに通勤し、金曜夜は歓喜する会社員

◆趣味

 ①酒

 ②酒

 ③酒

◆(酒以外の)趣味

 ①自分で食べるための料理は好きです

  飲み屋で「これウマい!」と思ったら翌日真似てみることもしばしば

 ②友人に連れられてたまにハイキングや登山に行きます

  正直、それが終わった後のビールやラーメンが目的です

◆マイブーム

 健康のために黒酢を飲んでいます

 あ、今日からですけど

◆性格

 ①いつも笑顔だねと言われます

 ②何言われても怒らないねと言われます

 ③でも鋭い人からは腹黒いよねとよく言われます

◆似ている有名人

 ①漫画「鋼の錬金術師」に出てくるイケメン(肝心の名前は忘れました)

 ②映画「スターウォーズ」に出てくる女王様(肝心の名前は忘れました)

 ※男に生まれていればモテただろうと言われます。全く嬉しくない。

◆ブログを始めたきっかけ

 ①親のことや自分のことを考えて悩んでもやもやして、

  泣きたくなる気持ちをどこかに吐き出したいと思ったため

 ②1か月入院し、もっと前向きに人生を過ごさないとと思い直したため

◆来歴

 ・小さい頃は母から父への暴力を目の当たりにして怖いなぁと思う日々

 ・小学校では心が荒み、上級生と喧嘩したり周りに当たり散らしたりする日々

 ・この頃から死を意識した行動・思考が常態化

 ・教育熱心な母の影響で進学校へ進み、色んなカルチャーショックを受ける

 ・高校入ってすぐ「あれ?私の家ってオカシイ?」と気付き始める

 ・勉強もほどほどに学校行事やバイトを理由に実家から疎遠に

 ・両親の離婚と大学入学を同時期に経験、この頃から統合失調症の症状あり

 ・一人で生活するようになり、ひゃっほーいとテンション上がる

 ・しかし入社後数年で統合失調症により休職

 ・1年程休んで復職、この間に『自分を大切にする』ことに気付き始める

 ・ネットや本で『毒親』という言葉を知る

 ・仕事を通じて・情報を通じて・病院を通じて、なんとか自分を取り戻す

 ・生きてて良かった、生活や仕事が楽しい、と思えるように ←←←イマココ

 

 

来歴で若干ダークネスになりましたが、てつこはこんな人間です。

ご興味湧きましたらまたお越しいただければ嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

「結局何が言いたいのかわからない人だなぁ」と指をさされないために。

以前の仕事場に、りおさんという女性がいた。

りおさんはてつこより先輩で、与えられた仕事を淡々とこなす人。

お喋りしても楽しい人で場を和ます人だった。

しかし困った面があった。

 

あるミーティングで季節性の大量事務について話し合った。

さて今年はどう乗り切るか。上司とてつこはあれこれ案を出しては検証する。

りおさんにも意見を聞いてみる。

するとこう答える。

「別に私は。」

・・・

はて。

別に私は、、、なんだ???

上司もりおさんに聞く。「どうしたらいいと思う?」

するとまたこう答える。

「別に私は大丈夫です。」

・・・

 

うん???

 

何が大丈夫なのか。

季節性の事務が大丈夫なのか。

りおさん自身が大丈夫なのか。

それともこの議論に対する回答が大丈夫=回答したくない、なのか。

うん、全くわからん。

その後も色んな方面から質問してみるが、彼女の考えはさっぱりわからなかった。

 

後日。

大量事務の時期が迫り、準備に追われる中。

りおさんは仲の良い同僚にこうぼやく。

「やばーい。忙しくなってきて疲れたぁ。まじどうしよう?」

 

・・・

うん???

 

大丈夫ちゃうやんけ。

 

思わず回し蹴りをしそうになったがぐっと堪える。

りおさんはいつもこうなのだ。

「別に私はいいんだけど」

「別に私はそう思わないんだけど」

そう言っては特段自分の意見は言わずに、後で文句を言う。

後で文句を言う、これがとっても困る。

というか、イラッとする。

(上司がもっと頑張って引っ張れよと思うのだが、またの機会に愚痴ります)

 

話していて、もしくは考えていて

何が言いたいのかわからなくなることは結構ある。

てつこも特に若い頃は言いたいことがわからなくなって混乱したり、

上手く伝えられなくて場がしらけたり…という経験がある。

多くの人が経験あるだろう。

にしても。

にしても、だよ。

それを敢えてわざとやるかなぁぁぁ、と思う。いい歳ですし。

 

りおさんみたいにハッキリ言わないで逃げたり、

だんまりを決め込んで自分の意見を一切言わなかったり、

こういう人々は多分自分が傷つきたくないんだろうなぁと思う。

それと批判されたり否定されたりするのが心底嫌なんだろうなぁとも。

自分から動かなければ、相手も動くことはない。

 

でも、それでいいのだろうか。

少なくとも、言動・行動を求められた時にそんな対応は大人ではない。

面倒なときや楽をしたいとき、てつこも適当に濁してしまう。

大事なときほどそういう行動をしてしまう悪い癖がある。

そして後で後悔するのだ。

そんな癖があるからこそ、りおさんを見ていて自分を正す。

 

後で文句を言うくらいなら、今言っちゃおう。

後で後悔するくらいなら、今思ったことを素直に言おう。

 

子どもの頃からぐっと堪えることが多かったてつこだが、

今ではミーティングで物怖じせずに議論できる。

これでいいのだ。

そう、これでいいのだ。

(でもやっぱり他人の「後日文句」はイラッとする・・・)

良心のこもった贈り物が人をつなぐ

先日でてつこは仕事で一区切り。

異動を見据えて別のチームに移ることになった。

お菓子を一人一人に配りお礼を言う。

相手も椅子から立ち上がってお礼を言う。

会社ならではの光景。悪く言えば社交辞令というか、形式的というか。

(自分でやっといて何言ってんだという感じだが)

 

そう思いつつも温かい反応があると嬉しかった。

「昔こんなことあって大変でしたよねー」「あーそうえいば!」と昔話を思い出させてくれた人。

あまり喋ったことがないのに「あの時手伝ってくれてありがとうございました」と頭を下げてくれる人。

中越しのチームなのに普段てつこの電話応対を聞きながら「丁寧な仕事をされてましたね」と褒めてくれる人。

てつこからの感謝の気持ちに対して、同じように感謝の気持ちで応えてくれた。

大人の世界の『良い例』を見られた気がする。

 

そしてその足でてつこはある買い物をした。

それは、腕時計。

 

自分への贈り物だった。

次のステージでも""適度に””頑張れるよう、決意の一品。

デパートに行き、立派な機械式のものを見たり

電波式のものを見たり、とても楽しい時間だった。

が。

今のこの前向きな気持ちが、いつかポキッと折れてしまうんじゃないか。

そんな不安も頭をよぎる。

たくさん裏切られてきたから、どうしても自分の心を守ろうとしてしまうのだ。

悪いことも同時に考えて、上がるテンションを抑えようとする癖。

楽しい時間の合間にもちょいちょい悪いことを考えている。

 

なんとか黒い気持ちを拭い去り、腕時計を購入した。

 

前向きな気持ちと後ろ向きな気持ち。

まるで学校や会社の新入生みたいだ。

 

てつこは普段腕時計をしていなかった。

個人的に仕事上あまり必要が無く、一本だけ持っていた腕時計は

化粧台の隅にケースに入れて飾られている。

それはてつ父が入社のときにくれたものだった。

 

ヘラヘラ笑うか酒に酔って無言か、どちらかがデフォルトのてつ父が

突然プレゼントを買ってきたのだ。

てつこの就活が終わり、内定をもらった頃だった。

小さな小さな包みを開けると

かわいらしい腕時計が入っていた。

嬉しくてありがとう!と礼を言うと、てつ父はいつも以上にニヤニヤしていた。

 

当時、もらって本当に嬉しかった。

気まぐれとは思いつつ、気遣ってくれたことが嬉しかった。

仕事がんばれよというメッセージなんだと思った。

 

自分で腕時計を買えるようになった今日、あることを思い出す。

『てつこは昔から腕時計が好きで集めていた』という記憶。

小学校くらいのころ、ホームセンターで1本1000円前後の

子供向けの腕時計をねだっては時々買ってもらった。

そうだ、自分は腕時計好きだったじゃないか。

そんな自分のことも忘れてしまっていた。

数本持っていた腕時計を愛おしそうに眺めていたではないか。

 

そこではっとする。

てつ父はそのことをまだ覚えていたんじゃないか、と。

だからお祝いに腕時計を選んでくれたのではないか、と。

 

てつこは自宅に戻りシクシクと泣く。

ごめんよ、てつ父。

昔のいい思い出を忘れてたよ。

あなたは覚えていてくれたのかな。

 

勇気を出して、てつ父に連絡をとってみようかな。

そんなことを思った怒涛の一日だった。

ワタシの人生、ワタシが決める。良いも悪いも、ワタシが責任を取る。

てつこにとって、今週は節目の週となった。

4月の第一週という年度始めということもあり、

昨年から希望を出して面接やら何やら審査を受けていた

異動の希望がやっと通ったのだ。

結果が出るまでドキドキして若干上の空だった(数か月も)。

まだ暫くは今の部署にいるが、数か月以内には異動する運びとなった。

 

ワタクシゴトで忙しかったのもあり、

年度始めということで忙しかったのもあり。

一週間があっという間に過ぎた。

大好きなお酒もあまり飲めなかった。

家に帰ってきてはばたんきゅ~と床に着いた。

 

そんな中、数年前の社内研修で言われた一言を思い出した。

会社の研修で、生い立ち語るのやめません? - てつこはじと目でなにを見る?

でも愚痴った『生い立ちを振り返る系研修』での一幕だった。

 

同じグループになった同期の女性に、

「いやー小さい頃はあまりいいことなかったんですよ~」

と簡単に説明した。

「希望していた中学や大学には行かせてもらって、

 ひたすら勉強して、ひたすらバイトして、早く親元離れて頑張るぞー

 と思って今の会社を選びました。てへぺろ☆」

てな具合に。

するとその女性は目をまん丸くしてこう言った。

 

「・・・てつこさんて・・・

 自分で自分の人生を決めてきた・・・って感じですね!!!」

 

てつこは逆にびびった。

更に女性は続ける。

 

「私はてつこさんみたいに、家庭には何もなかった。

 平和だったかもしれません。疑問を感じたこともありません。

 だからなのか、私は自分で何かを決めた記憶がないんです。」

 

てつこは正直、彼女なりのお世辞なんだろうなぁと思って聞き流した。

 

しかし。

今その言葉を思い出して、う~んと考えてみる。

案外、“決めてきた方”なのかもしれないな、と。

 

てつ親両人の良い所は、てつこの希望に耳を傾けようとする所だった。

(それを叶えるかはさておき。)

そしててつこ自身に決めさせる所だった。

小さい頃のてつこには負担ではあったが、

そのおかげで大分鍛えられた。

てつ親の特性も把握しつつ、自分の進路は自分で決めようと心掛けた。

親が納得しなさそうな進路であれば、

上手く言いくるめてみようと試みた。

もし意見が通らなくても、自分なりに考えて

今はだめでも将来こうしよう!と落とし所を考えた。

 

もしかして、これってとってもイイコトなのではないか???

 

昔付き合いのあった友人にも、今の職場の同僚にも、

全て受け身で、相手に空気を読んでやってもらおうとする人種がいる。

自分では何も決めない。

自分では何も動かない。

そうだ。てつこは彼・彼女らとはちょっと違うのだ。

だから多くの上司が異動に伴う審査を応援してくれたのだ。

だから多くの同僚が早く昇格して上司になってほしいと言ってくれるのだ。

 

そう気付いた時、お腹の底から力が沸き上がってくるのを感じた。

なんてありがたいのだろう。

そして、ひたすら頑張ってきて本当に良かった。

あぁ、ワタシはワタシの人生に報いることができたのだ。

 

これからも辛いことも泣くこともあるだろう。

それでも判断していかなければならない。

後悔して心の底に落ちてひっこんでしまわないように、

今回思ったことを忘れないでいこう。

桜が舞う時期なので、人生で数少ない甘酸っぱい話をします

全国的に桜が咲き、既に散り始めているここ数日。

ネットニュースやTwitterは桜の写真で埋め尽くされ、

その度にイイネを押す。

桜の写真はいつ見てもキレイだ。

特に、自分が行ったことのない場所の写真を見ると

花見に出かけた気分になって気持ちが良い。

 

花見、といってもてつこはあまり経験が無い。

数年前の1回だけ、大学時代の友人に誘われて参加したことがある。

 

地元で桜の名所として有名な公園に集合だった。

公園で飲むのかと思いきや、桜もそこそこに近くの居酒屋に入った。

20人以上いただろうか。

居酒屋の大部屋で食べて飲んでの大騒ぎだった。

思い出話に花が咲き、とても盛り上がった。

普段大勢と飲む機会があまりないので、

てつこも楽しんでいた。

 

当時仲が良かった男の先輩と席が隣になった。

おー久しぶりっすねぇと話が盛り上がる。

 

先輩「そういえば、カイ君とはどうなったの?」

てつ「…はい?カイさんと?」

先輩「とぼけるなよー」

てつ「いや、マジで話が見えないっす。何もないですよ?」

 

先輩が怪訝な顔をする。

 

先輩「…あれー。そっか。そうなのか。」

てつ「…???」

先輩「……カイ君さー、多分てっちゃんと結婚したかったみたい」

てつ「………はいぃぃぃ???」

 

混乱するてつこ。

 

先輩「だからぁ、カイ君は結婚を考えてたっぽいよ」

てつ「…え、だって、カイさんと付き合ってもいないっすよ」

 

そう。

てつことカイさんは恋人になったこともない。

告白されたこともない。

デートしたこともない。

だから、てつこは混乱した。

をいをい、色んな過程を飛び越えて『結婚』とは何ぞや??

 

カイさんは男前で女性に優しく、モテるタイプだった。

なのに女性の影がなく、飲み会に行ってもおとなしい人だった。

不思議な人だなぁと当時思っていた。

 

酔っている先輩は結婚したかったみたいだ!!とヒートアップし、

てつこの疑問に耳も貸さない。

いやーあはは、とお茶を濁しててつこはトイレに行く。

そして席に戻ると、なんとドラマの展開のごとく

カイさんがてつこの席の近くに移動していた。

 

・・・

残念ながらそこで艶のある展開にはならなかった。

お久しぶりですーから始まって、昔話をするにとどまった。

ただ、

「てっちゃんは今幸せなのー?」

と聞かれて、てつこは「えぇ、まぁ、あはは」と笑った。

カイさんはぼそっと「俺、地方の実家に帰る予定なんだ」と言った。

寂しくなりますね、とてつこを含めた皆で別れを惜しんだ。

 

 

飲み会は解散し、一部のメンバーは夜桜を見に公園に戻った。

てつこもフラフラとついて行った。

めちゃくちゃ飲んだので千鳥足だった。皆もそうだった。

 

カイ「てっちゃん」

てつ「………なんすかー」

カイ「頑張れよ。幸せになー」

 

ヘラヘラとカイさんは笑っていた。

そのまま有志による夜桜会も解散になった。

 

帰りの電車の中、てつこは一人ぶつぶつとつぶやく。

「ずるい。ずるいですよ…」

 

こんないい歳になってから

こんなに日が経ってから

あなたのことが好きでした的な空気出すって、ずるいだろう。

若くて楽しかったあの頃に、なんでそういうこと言ってくれないんだ。

てつこは恋愛とか苦手だ。

異性からの気持ちや目線に気付いたり対応したりするのが苦手だ。

そんな干物女でも、やっぱり恋愛には憧れた。

 

 

何より。

カイさん、一時期あなたのこと、ちょっと好きだったんですよ。

だからそんなの、今更ずるいっすよ。

でもまぁ、幸せになりますよ。きっと。

快適に眠りたいと願うたびに思い出す、あの「おばあちゃん」。

人は誰しも、心地よい眠りで一日を終えたいと思う。

すっと寝入ってぐっすり眠り、朝しゃっきり目が覚める。

これほど幸せで健康的なことはない。

そうとは思いつつ、最近眠りが浅かったり中途覚醒してしまったり、

なかなか素直に眠れないてつこは

かかりつけの精神科から睡眠薬を頓服でもらっている。

休みの前日など、ぐっすり寝たいときだけ服用する形だ。

 

先日の晩も睡眠薬を飲んだ。

布団に入り、明かりを消す。

ふと思い出す。

一昨年入院していたときのこと。

 

てつこは最大8人のベッドがある大部屋に入院した。

小さな固いベッドが狭い部屋にぎゅうぎゅうに並んでいた。

だからちょっとした物音も声も聞こえてくる。

夜9時の消灯を迎えても、

誰かがトイレに行く音や寝息の音で

とてもぐっすりと眠れる環境ではなかった。

 

その部屋の一角におばあちゃんが一人入院していた。

とても痩せ細り、食事もほとんど取らない。

入浴の介助も受けない。

手術を控えているらしく、いつも看護師さんに不安を訴えていた。

そのおばあちゃんは夜の消灯前、決まってナースコールを押す。

そして弱々しい声でこう言うのだ。

「…あのぅ、…サイレース、くださーい…」

 

サイレースとは睡眠薬の一つだ。

おばあちゃんも熟睡できないらしく、いつも睡眠薬を飲んでいるようだった。

入院の最初のうちは大変なんだなぁと思っていた。

しかし、毎晩毎晩ナースコールでお願いする。

そしてちょっとでも看護師さんが持ってくるのが遅いと、

ナースコールを連打して

「…あのぅ、まだですか。まだですかぁー???」

と彼女なりの大声で苛立ちを伝えるのだ。

消灯後もそれが続く日があり、正直少し困るなと思い始めた。

 

ある晩も催促が始まった。

少し遅れて看護師さんがやってくる。

「・・・・・・あれ?」

看護師さんが声を上げた。

なんだろうと思い耳を澄ませてみる。

「・・・おばあちゃん。・・・おばあちゃん??」

看護師さんが語り掛ける。

「・・・ねえ、おばあちゃん。・・・寝てるじゃない。」

 

( ^ω^)・・・え?

ばあちゃん、寝てるの・・・?

 

「・・・はっ、看護婦さぁん。寝てないです。遅いですよぉ。」

「おばあちゃん。寝れるならこのお薬いらないよね?」

「なんでそんなこと言うんですかぁ。」

「だっておばあちゃん、今寝てたじゃない?」

 

押し問答が続く。

ってか、眠れるなら確かにいらないのでは・・・。

 

その時はちょっとした笑い話として聞いていたが、

後日よくよく考えてネットを見てみたら、

この薬の副作用に「依存」があるようだった。

毎晩言わないと薬を出してもらえないことからも、

医者側が慎重になっていたのかもしれない。

何より、おばあちゃんのあの苛立ったか細い声は少し異常だった。

もしかしたら、もう既に薬がないと不安な域に

入ってしまったのかもしれない。

 

おばあちゃんはまだあの病室にいるのだろうか。

元気になっただろうか。

毎晩の薬と不安から解放されただろうか。

 

今こうやって、てつこは自分の疲れを認識し、

布団の温かさの中で睡魔が来る感覚と共に眠りにつけることが

健康である証なんだろうなと思う。

たまに薬に頼るときはあるけれど、

それでも苛立ちや不安がなく眠りにつけることは幸せだ。

中途覚醒や悪夢のないもっともっと良い眠りにつけたならもっと幸せだろう。

そうなるといいなぁと思いつつ、意識が遠のいてくのであった。