てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

てつこが考える、教育ママのNGワードは『そんなことも分からないのか!』

小さいてつこを着飾らせて、借金しながら買い物しまくって、

近所の人からの『目』を異常に気にするてつ母。

案の定、てつこへの教育にも熱心だった。

 

幼稚園のてつこは、習い事の王道はほぼ制覇した。

ピアノ、英語教室、水泳教室、空手(合気道?もはや覚えてない)、

幼児用通信教育、公文、バレエ …というところか。

 

‘教育ママ’ということに対し、てつこは今でも否定的には考えない。

むしろ、小さなころから色々勉強した方が視野が広がるし、

家に資金があるのならそのお金で経験をとりあえずさせて損はあまり無いと思う。

 

但し、てつ家ではてつ母の悪い所が最大限発揮され、習い事を通しててつこの心は傷ついた。

てつこがよく言われた言葉。

『なんでそんなことも分からないのか!』

…こんな単純な英語もできないのかと、覚えが悪かったことをよく怒られた。

『なんでお前は他の子が出来ていることが出来ないのか!』

…バレエ教室でいじめられて泣いて帰ったら、根性が無いなとため息をつかれた。

『なんで私が子どもの頃より下手なのか!』

…ピアノを弾きながら自分で歌う練習で、音痴だとよくなじられた。

 

てつこが出した結果に対して、それが客観的に良いことなのか悪いことなのか、

てつこ自身の努力はどうたったのか、

てつ母が見て考えて評価することは無かった。

あくまでも感情的で、尚且つ「てつ母が知り得る狭い範囲」の中での比較しかされなかった。

子どものてつこにとって

『何が正解だったのか』が一切示されず、次に何をすればよいのかわからなかった。

 

勿論どの習い事も長く続かなかった。

ただ、てつ母の不思議なところは「やめたい」と言うとすぐに辞めさせてくれる点。

良く言えば、見切りが早かった。

悪く言えば、各々の習い事にてつ母自身も興味がなかった。

 

小学校以降は「学校の勉強」がてつこには馴染んだ。

必死に勉強して塾では時々上位に食い込み、なんとか進学校に入学できた。

その辺りからてつ母の不気味さが増した。

「将来は私の生活も安泰だ」「てつ父を捨ててどの地域に住もうっか?」等々、

てつこの人生に覆いかぶさるかの如く、期待を寄せてきた。

結果的にてつこはその不気味さを自己に受け入れ、てつ母を拒絶した。

 

 

「教育が失敗するとこんな娘が出来てしまう」

今頃てつ母はそんなことを思っているのかしらと、ひねくれてつこはウフフと笑った。