タイムマシンで『人を信じない呪い』を自分で自分にかけたあの頃に、戻りたい。
てつ母の嫌な所はてつこの心にずかずかと土足で踏み込んでくるところ。
てつこがテレビを見て好きなアニメソングを口ずさむと
「お前はなんでそんな音痴なんだ、私はこんなに歌が上手いのに」
てつこがこの服着たいなと思って手に取ると
「お前は足が短いんだから、そんなロングスカート似合わないわよ」
些細なことで否定されるのは慣れた。
だが、遊びに行こうとした時に相手の友人をボロクソに言ったり、
帰りが遅い!と友人宅やバイト先に電凸してきて恥ずかしい思いをさせたり、
「この人あなたに合うと思うの」とどこかで知り合った男性をてつこに引き合わせたり、
疎遠になってきた頃てつこの友人達に「てつこが私(=てつ母)を受け入れるよう説得してくれない?」と言い回ったり、
『てつ母の思い通りになるように、てつこにも他の人にも仕向けてくる』
のが耐えられなかった。
彼女の怖さは『周りを巻き込むこと』なのだ
てつこが生まれた時からそんな感じで、成長していくにつれ顕著になっていった。
勿論そんな感じにはウンザリして距離を取る。
一方でてつこには「母の顔」も見せる。
風邪を引けば看病するし、普段のおしゃべりもするし、食事や服も買い与えるし。
また一方でてつ母自身の「弱さ」を見せる。
病弱を誇張したり、てつ父からひどいことをされたと言い、こんな母親でごめんねと泣きながら詫びてくる。
それを見たてつこが心配したり同情したりすると、一気に距離を詰めてくる。
『だからてつちゃんは私のことを見捨てないでね?』
となる。そして最初に戻る。これを毎日毎週毎月繰り返すのだ。
てつ父はそれを見ながら何も反応しない。酒を飲んで黙っているだけ。
てつこは早くも小学校時代に人間不信に陥った。
人を信じない。
信じてもどうせ裏切られる。
自分が泣くくらいなら最初から諦めておけばいい。
中学高校と成長しても、それは揺らがなかった。
大学社会人となっても、あぁやっぱり他人なんて信じない方が楽だ、と思った。
それでも信じないとやっていけない。
会話ができない、仕事をお願いできない、コミュニケーションが取れない。
全部自分で解決できることなんて世の中無いのだから。
そう気付いたのに、根深い『呪い』がなかなか解けない。
他人なんか信じなくていいという呪いが、いつの間にか自分自身も信じない呪いにもなった。
他人を信じてないから、他人に興味関心があまりわかないし面倒になったら会わなくていいやとなってしまう。
だから本当に心を許せる友人もできない。恋人もできない。
かと言って自分の容姿や性格や能力や言動や信念に自信がないから、どうすればいいか実はわかっていない。
あの頃のてつこは人を信じないことで心を守ってきた。
それは正解だったかもしれない。
ただ、時空をねじ曲げてあの頃に戻れたなら、
「大きくなったら今よりも強くなって良いこともあるから、どうか望みを捨てないで」
と、冷めきったてつこに声をかけたい。