てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

損した気分は頑張り過ぎか、うぬぼれか?

てつこは最近心の中で愚痴っている。

こんなに頑張っていて人生損している、気がすると。

仕事に限らず、今まで頑張って生きてきて

なんでこんなに人生ハードモードなんだろうと損した気分になるのだ。

 

実際てつこの人生はちょっと変わっていたくらいで、

もっともっと悩み苦しみ頑張っている人がいるだろう。

とは思いつつ。

てつこは今、無性に「自分は大変だった感」を味わいたい。

そう思って自分を慰めたい気分なのだ。

 

ホントのところはとりあえず棚に上げ、

こんなに頑張って生きているのになんか満足できない自分がいる。

例えば仕事の愚痴だと、

給料は安い・出世しない・嫌な奴がいる・その割に忙しい・・・

生活できるだけの給料があるのはありがたいが、なんだか救われない。

家に帰り酒を飲まないとマジでやってられない。

酒を飲みテレビを眺めながら、今日あった嫌なこと良かったことを回想する。

そして「たはー、あん時あんなこと言わなきゃよかったー!」とか

「うわー、あん時のあいつむかつくー!」とか

思い出しては消化させていく。

そして眠りにつく。

こう見えて意外とてつこは寝たら忘れる。

(しかし急に思い出して、嫌になったり恥ずかしくなったりするのも得意)

これの繰り返しで、良かったなぁと思うことは少ない。

過去仕事でほっこりしたのは、イケメンから個人的に名刺をもらった時くらいだ。

 

最近、この損した気分現象はなんだろうなーと考えてみる。

これは事実として頑張り過ぎて、労力と対価が見合っていないのだろうか?

それとも、単純にてつこ自身がうぬぼれて勘違いしているだけなのだろうか?

 

きっとどっちもアリなのだろう。

上司からよく頑張ってて偉い!と褒められたことがある。

嬉しかったが具体的に何が偉いことなのかわからず戸惑った。

ただ、傍から見て「頑張ってる」と思われていることがわかった。

それに対する評価や給料に、てつこの心の中には不満があるのだろう。

『頑張っている=評価される』

というのはこの世の中で決してイコールではないらしい。

 

一方で、「私は『他の人よりも』頑張ってるんだから!」と

思い込んでいる節がてつこの中にある気がする。

どうしても他人と比較してしまう。

そして自分が一番大変なんだとうぬぼれてしまうのだ。

 

自分自身の頑張りというよりは、他者と比べてどうか?という視点に

てつこは縛られているかもしれない。

そんな他の人なんて、どーでもいいのに・・・(とわかっているつもり)。

前述の「褒められたけど何が偉いかわからなかった」にも繋がるが、

『自分自身の価値観』がイマイチ確立できてないのだろう。

 

最近、この損した気分現象により

イライラして電話応対がガサツになったり集中力が欠けたりしている。

よくない。

今回書き出してみると、こうすればよいのかなと考えられるが

いざ毎日の行動で実践してみようとなるとなかなか難しい。

せめて、明日からはイライラを抑えて人並みの言動をしようと思う。

そのために今夜もチョコレートを食べて精神を安定させるのである。