てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

快適に眠りたいと願うたびに思い出す、あの「おばあちゃん」。

人は誰しも、心地よい眠りで一日を終えたいと思う。

すっと寝入ってぐっすり眠り、朝しゃっきり目が覚める。

これほど幸せで健康的なことはない。

そうとは思いつつ、最近眠りが浅かったり中途覚醒してしまったり、

なかなか素直に眠れないてつこは

かかりつけの精神科から睡眠薬を頓服でもらっている。

休みの前日など、ぐっすり寝たいときだけ服用する形だ。

 

先日の晩も睡眠薬を飲んだ。

布団に入り、明かりを消す。

ふと思い出す。

一昨年入院していたときのこと。

 

てつこは最大8人のベッドがある大部屋に入院した。

小さな固いベッドが狭い部屋にぎゅうぎゅうに並んでいた。

だからちょっとした物音も声も聞こえてくる。

夜9時の消灯を迎えても、

誰かがトイレに行く音や寝息の音で

とてもぐっすりと眠れる環境ではなかった。

 

その部屋の一角におばあちゃんが一人入院していた。

とても痩せ細り、食事もほとんど取らない。

入浴の介助も受けない。

手術を控えているらしく、いつも看護師さんに不安を訴えていた。

そのおばあちゃんは夜の消灯前、決まってナースコールを押す。

そして弱々しい声でこう言うのだ。

「…あのぅ、…サイレース、くださーい…」

 

サイレースとは睡眠薬の一つだ。

おばあちゃんも熟睡できないらしく、いつも睡眠薬を飲んでいるようだった。

入院の最初のうちは大変なんだなぁと思っていた。

しかし、毎晩毎晩ナースコールでお願いする。

そしてちょっとでも看護師さんが持ってくるのが遅いと、

ナースコールを連打して

「…あのぅ、まだですか。まだですかぁー???」

と彼女なりの大声で苛立ちを伝えるのだ。

消灯後もそれが続く日があり、正直少し困るなと思い始めた。

 

ある晩も催促が始まった。

少し遅れて看護師さんがやってくる。

「・・・・・・あれ?」

看護師さんが声を上げた。

なんだろうと思い耳を澄ませてみる。

「・・・おばあちゃん。・・・おばあちゃん??」

看護師さんが語り掛ける。

「・・・ねえ、おばあちゃん。・・・寝てるじゃない。」

 

( ^ω^)・・・え?

ばあちゃん、寝てるの・・・?

 

「・・・はっ、看護婦さぁん。寝てないです。遅いですよぉ。」

「おばあちゃん。寝れるならこのお薬いらないよね?」

「なんでそんなこと言うんですかぁ。」

「だっておばあちゃん、今寝てたじゃない?」

 

押し問答が続く。

ってか、眠れるなら確かにいらないのでは・・・。

 

その時はちょっとした笑い話として聞いていたが、

後日よくよく考えてネットを見てみたら、

この薬の副作用に「依存」があるようだった。

毎晩言わないと薬を出してもらえないことからも、

医者側が慎重になっていたのかもしれない。

何より、おばあちゃんのあの苛立ったか細い声は少し異常だった。

もしかしたら、もう既に薬がないと不安な域に

入ってしまったのかもしれない。

 

おばあちゃんはまだあの病室にいるのだろうか。

元気になっただろうか。

毎晩の薬と不安から解放されただろうか。

 

今こうやって、てつこは自分の疲れを認識し、

布団の温かさの中で睡魔が来る感覚と共に眠りにつけることが

健康である証なんだろうなと思う。

たまに薬に頼るときはあるけれど、

それでも苛立ちや不安がなく眠りにつけることは幸せだ。

中途覚醒や悪夢のないもっともっと良い眠りにつけたならもっと幸せだろう。

そうなるといいなぁと思いつつ、意識が遠のいてくのであった。