てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

私は「良い人」になりたいのだ、と気付いた夜。

今日も今日とて残業を重ねる。

同僚たちは定時になり次々と帰っていく。

てつこは日中やり残した仕事や電話応対に追われる。

上司からプラスαの仕事を引き受け、日中やり切れない分が

定時以降にやらざるを得ないのだ。

 

「てつこさん、だいじょーぶ??」

同僚たちが声をかけてくれる。

同じスキルを持っていないので簡単に頼むこともできない。

てつこ自身が望んで引き受けた仕事でもある。

「だいじょーぶですよ!適当に終わらせて帰ります。」

てつこはそう答える。

「ならいいんだけど・・・」

同僚たちは気にしつつも帰宅の途につく。

 

今日は機器の不具合があり、業者に来てもらった。

その立ち合いも夕方からてつこが引き受けた。

みんな、ごめんねーと言いつつ帰っていく。

 

仕事場に一人、いつもと変わらない風景。

 

ふと、てつこは思う。

みんな帰っちゃったなぁ。

 

・・・あれ?

今なんて思った???

 

『帰っちゃった』???

 

てつこは心のどこかでみんなが帰らずに残ることを期待していたのか?

まさか自分を残して帰るとは思っていなかったのか??

てつこは何故そんなことを思ったのか???

 

業者の修理作業を背にしつつ、パソコンのキーボードを打つ。

自ら望んで引き受けた仕事。

この仕事のおかげで高く評価してもらっている。

残業はしんどいなぁと思いつつも、楽しさすら感じ始めている。

 

なのに、『帰っちゃった』。

 

違和感を感じ始めたと同時に鬱々とした波が押し寄せる。

なんて煮え切らない奴なんだ。

なんて自分勝手な奴なんだ。

なんて気持ちの悪いやつなんだ。

自分を責め立てる言葉が次々と思い浮かぶ。

そしてはっと気付く。

 

もしかして、てつこは「良い人」と言われたいだけなのではないか?

 

てつこは良い人間でありたい。

誰からも好かれ、信頼され、出来る人間でありたい。

よく「他人からの評価は気にしちゃだめ」という声を聞くが、

それもその通りと思うが、てつこは正直人に好かれていたい。

勿論万人からは無理だが、近くにいる人には良く思われたい。

だって、嫌われたら頼りにできないじゃないか。

嫌われたら寂しい思いをするじゃないか。

 

相反する気持ちが存在する。

良い人と言われるためなら嫌な仕事も引き受けるのか。

他人からの評価を気にしてもしょうがないのに、気にするのか。

好かれて褒められるためなら自分の気持ちを犠牲にするのか。

 

てつこは娘にも再婚相手にも見捨てられたてつ父とてつ母を見て、

誰からも必要とされない悲しさを知った。

因果応報という言葉があるけれど、他人に対しての行いが

自分に跳ね返ってくることを嫌というほど見てきた。

そんな人生は歩みたくないのだ。

 

自分を大切にしないとダメになるルールを知っているはずだが、

一方で「良い人」の価値観に囚われて突っ走るてつこ。

なんだか自分のすごく痛い所に気付いてしまってダメージが大きい。

偽善という面の皮がはがれるのか、新たな価値観を見出して楽になるのか、

今のてつこには方向性が全くわからない。