てつこはじと目でなにを見る?

おかしな家で育ったおかしな娘が書く読み物

年末年始に高級ホテルでロングステイしていた子ども時代の話。

てつ家にはいつもお金がなかった。

借金がたくさんあったし、てつ母は物を買い込むし、てつ父は無断欠勤のプロだから昇給する機会なんてなかった。

当時の資金源はてつ母の父母である、てつじいの仕事とてつばあのバイトのお金だった。てつ母は毎月お金をせびり、毎月使い切った。

 

その贅沢な生活の極みが、年末年始に高級ホテルで連泊することだった。

大晦日は歌手やマジシャンによるディナーショーを見て、

日付が変わるころにはホテルの庭園で甘酒を飲み、

元旦朝には高級おせちをレストランで食べ、

元旦午後はホテル内での占いや出店で楽しみ、

元旦夜はまたディナーショー。

 

なんやそれ。

 

と言いたくなるような偽セレブ生活をてつ家は過ごした。

親のお金でメシウマなてつ母を横目に、てつこは良心の呵責に苦しんだ。

普段質素な生活をしているてつじいとてつばあに申し訳なかった。

でも華やかなホテル生活は子どものてつこにもそこそこ楽しかった。

 

ホテルのロビーに、当時K-1(という格闘技イベントが大晦日にいつもあった)の

王者となったミルコ・クロコップ選手がいたときは、

「すげー!!ホテルってすげー!!!」

とテンションが上がった。

(ちなみに大晦日だったが、彼は半そで短パンで、よりすげー!となった)

 

そんな楽しげな思い出もあったが、

大体は気の重い滞在だった。だって夫婦喧嘩やっぱりするし。

てつこが高校になった時は、いつの間にかてつ母が不倫相手を連れ込んでいて

びっくらこいたこともあった。

我家ながら、年末年始から騒々しいものであった。

 

 

そんな重たーい昔の年末年始を思い出した、喉風邪のてつこ。

ここ数年、親と連絡を絶ち穏やかな年末年始を迎えられている。

以前はてつ父にもてつ母にも気を遣ってそれぞれの家に顔を出していたものだ。

ようやく「てつこ」自身の締めくくりとスタートができてきた。

やっぱり年が変わることは、一つの区切りという感じがする。

 

今年はブログやTwitterを始めて良かった。

ずっとてつこの中にもやもやしていたことが一つずつ整理でき、成長に繋がった。

来年は仕事でも節目の年になりそうだ。

健康に気を付けて、ほどほどにがんばりたい。やる時はやって、何もしないときはなーんにもしない。「メリハリをつける」が来年の目標かな。あとはペットを飼いたい。

 

 

本年はお世話になりました。

来年もよろしくお願いいたします。

みんな仲良くランチ♪文化からにおってくる、同調圧力。

以前

「一人がいい」は強がりか?-便所飯からただよう親近感- - てつこはじと目でなにを見る?

でも書いたが、てつこは会社の昼ごはんは必ず一人で食べる。

昼休みくらい自分の時間を持ちたいのと、

正直休み時間にまで同僚たちと顔を合わせたくないからだ。

 

今日も今日とて一人で食べていると、

一席あけて同じ職場の二人組が座った。

名前も知らない関係なので、会釈くらいですます。

ささっと食べて休憩室で仮眠をとろうと思っていたてつこ。

その矢先。

「お、ここ、いいかな?」

上司登場。

ちょうど空いていた一席に座ってしまった。

 

てつこ「( ;^ω^)・・・あ」

二人組「次長じゃないですかぁ!どうぞ!」

 

テンションが低くなるてつこ。

 

二人組「次長、めずらしいですね!いつも上席の方々と一緒じゃないですか」

上司 「そうなんだよー。いや、今日A課長とさっきまで会議だったんだけど、

    A課長が『一人で食べます』なんつって

    先に出ていっちゃってさぁ。だから僕一人なんだ。」

二人組「えぇ!」

   「確かに、A課長って独特というか…ちょっと変わってますもんね(笑)」

上司 「まぁそうなんだよ。『僕は食べるの早いから一人で食べます』とか

    彼に言われちゃってねー(笑)」

 

 

なんということでしょう。

 

一人で食べたら変わり者扱いか。

 

 

てつこも一人で食べていて散々色々言われたものだが、改めて思う。

『別に一人で食べたっていいじゃない』

一人が一番良いんだ!!と主張したいわけではない。

選んでもいいじゃないか、ということだ。

A課長は一人で食べる理由をきちんと述べている。それでいいじゃないか。

それを『変わり者』だなんて、あんまりじゃあないか。

 

不思議なもので、こういった同調圧力的な「みんな一緒」意識は、

人数が多ければ多いほど強くなる気がする。

数年前、規模の小さい職場にいたときはこんなことはなかった。

個人個人が好きなようにお昼も食べたし、休憩をとった。

この時は個人の「個」の力が組織に対して大きかったためだろうか。

今は何百人もいるうちの「個」。

埋没すればするほど、目に見えない「みんな一緒」意識が強くなる。

一つにまとまるにはうってつけなチカラだけれど、

個人の性格・趣味・嗜好にまで影響するのはとんでもないことだ。

だから最近、同調圧力って言葉が注目されているのだろう。

 

 

なんだかなぁ。

 

最近、なんだかなぁ…とつぶやくことが多い。

来年はぶつぶつとぼやくことが少なくなるといいな。

てつこがクリスマスにプレゼントをお願いしなくなった理由。

クリスマスが好きだ。

街中が華やかになり楽しげな空気に満ちる。

その中にいるとなんとなく気持ちが大きくなり、

ちょっとこの店に寄ってみようかと少しワクワクする。

昨日てつこは普段あまり買わないショートケーキを買ってみた。

ローストレッグをスーパーで買って家で焼いてみた。

キラキラするのもたまには悪くない。

 

でも以前はそうでもなかった。

 

小さい頃のてつこはクリスマス前夜に靴下を枕元に置いて寝た。

サンタさんがプレゼントを置いてくれるのを楽しみにしていた。

朝起きておもちゃが置いてあったときは、飛び上がって喜んだ。

 

クリスマス当日にはケーキが登場した。

ホールケーキ。

てつ父は甘いものは食べないので、てつことてつ母で半分こ。

(・・・そう、食いすぎである。

 小さいホールではなく、数人で分ける量のホール。

 二人ともぶくぶく太るわけである・・・)

 

楽しい思い出は長く続かなかった。

てつこが小学校に上がると、夫婦喧嘩は激しくなるわ、借金取りが家に来るわ、

子どものてつこにもてつ家が良くない状況になっていることがわかった。

一方でてつ母は、自分の親であるてつばあとてつじいから援助を受け、

洋服を買い漁ったり高いディナーに家族で連れ立ったりと、

てつ家の中がめちゃくちゃになりつつあった。

 

その中でふと思う。

「もう、プレゼント、いらないなぁ・・・」

 

プレゼントを買うお金を惜しむように、てつこは枕元に靴下を置くのをやめた。

てつ母に欲しいものを聞かれても、何もないと答えた。

『物』は欲しくなかった。

てつ家から自然と「クリスマス」は無くなっていった。

 

 

news.yahoo.co.jp

↑この記事を見かけて、幼い頃のクリスマスを思い出したのだった。

街中がそういうムードになっているのを、

子どものてつこは歓迎しなかった。

てつこはおもちゃやゲームは欲しくなかった。

友人と遊ぶことを制限され、かといって親が相手してくれるわけでもなく、

そんな中で遊ぶ道具をもらっても嬉しくなかった。

もしかしたら、てつ家の経済状況への遠慮もあったかもしれない。

お金が無いのにプレゼントやケーキが与えられるのに違和感があった。

とにかくクリスマスが「必要」なかった。

 

サンタさんが来ない家。

てつ家もその一つだったのかなぁと今更思う。

(どちらかというと、サンタさんが来なくなった家、か。)

そんな家が無くなってほしいし、

そんな家が世の中にはあることももっと知られてほしい。

今こうやってクリスマスを楽しめるまでに成長できたてつこ自身に

安堵感を覚えつつも、そう切実に願うのだった。

 

残りちょっとですが、良きクリスマスを。

サプリメントをリスのように頬張る女を見ながら、健康について考える。

てつこの平日の昼ごはんは会社の社員食堂が基本。

時々、休憩室にカップ麺やお弁当を持ち込んで食べることがある。

その休憩室で出会う、印象的な女性がいる。

 

細身でてつこより多少年上に見える女性。

おかっぱヘアーなので、仮に「おかさん」と名付けよう。

 

何故おかさんが印象的なのか?

てつこが休憩室のおひとり様用カウンター席でカップ麺をすする正午手前。

おかさんは必ず正午ちょっと前に現れる。

そしててつこ同様、お一人様用席に座る。

手提げ袋からタッパーとベーグルとピルケースとブラックコーヒーとミネラルウォーターを素早い動きで机に並べる。

ピルケースを開けると、なんとまぁカラフルなサプリメントが入っている。

(医薬品の薬ならあんなにカラフルじゃないと思うので、サプリ断定)

そしておかさんはまるでリスのように、

矢継ぎ早にサプリメントを3つ5つ…と口に放り込む。

お水で飲みこむのかと思いきや、ブラックコーヒーを口に流し込む。

次に食事に移る。

タッパーを開けると山盛りのプチトマト。

おかさんはまた、リスのようにプチトマトを放り込む。

何個あるんだという量のプチトマトを平らげ、ベーグルを食べ出す。

 

と、ここでてつこの昼休みは終わり休憩室を後にする(正午までだから)。

なのでこの先のおかさんの行動は謎だ。

もしかしたら手提げ袋にまだ何か入っているかもしれない。

 

おかさんの不思議なところは、いつもサプリとプチトマトとベーグルを食べているところ。そして、リスのような「早食い」であること。

まるでわんこそばのような食べ方なのだ。

わんこサプリメント

ぶっちゃけ、彼女の食べ方がツッコミどころ満載で目を引くのである。

 

世間では、栄養ドリンクやエナジードリンクの飲み過ぎで体調を壊す人がいるという。

昨年てつこが肝臓を壊して入院したときも、

栄養ドリンクのほかにサプリメントで肝臓を壊す話をお医者さんから聞かされた。

要は「取り過ぎ注意」とのこと。

身体に良いと思っていることが、逆に健康を脅かす原因になったりするらしい。

 

おかさんのサプリメントにケチをつけるつもりではないのだが、

何粒も口に運ぶ様子を見ていると、おせっかいの一つや二つをやきたくなる。

 

実は、病魔はいつの間にやらやってくる - てつこはじと目でなにを見る?

を昨日書いていて、おかさんのことを思い出したのだった。

健康でいたい・病気になりたくない!と気を遣っているつもりが

もし病気に結びついてしまったなら、大層な皮肉だなぁと思う。

何事も『適度』が一番ということか。

 

 

・・・と書きながら、夜中にも関わらずチョコレートを頬張るてつこであった。

病魔はいつの間にやらやってくる

てつこは土日を利用して、遠方にお見舞いに行ってきた。

友人の子どもが病魔に倒れた。

脳内出血を起こしたのだ。

どうやら生まれつきその素質を持っており、外的要因もなく突然発症したらしい。

一時は意識不明にまで陥ったが、現在は一般病棟に移っている。

 

久しぶりに会ったその子は元気そうだった。

お菓子をポリポリ食べていた。

てつこは安心した。他愛もないおしゃべりをみんなでした。

その子がこちらに頭を向けてベッドに横になった。

 

頭を開いて手術をした痕が、ホチキスのような針で止められていた。

 

てつこは悲しい気持ちになった。

できることなら、変わってあげたい。

なんて痛々しい傷跡なんだ。

 

もっと痛々しい話を後で聞いた。

その子は夜になると不安で不安で仕方なくて一人で眠れず、

母である友人が側にいないと泣きわめいていしまうとのこと。

頭痛がひどくなり倒れた瞬間を思い出すのだろう、と友人は言っていた。

 

病魔は突然やってくる。

昨年、伝染性単核球症で入院したことを思い出す。

あの時も病室で一人不安で仕方なかった。

日に日に上がっていく肝臓の炎症数値を見ながら、

これは本当にやばいんじゃないか・治らないんじゃないか、と思ったものだ。

大人でも病気は怖いのに、それが子どもだったら尚更だ。

いつまた具合が悪くなるかわからない恐怖感。

その子は恐怖と戦いながら、毎日を生きている。

手術後はすぐにリハビリを開始し、今はキャッチボールをするまでに回復した。

彼自身もリハビリを嫌がることなく毎日こなしているという。

 

てつこは、つい先日まで感情の落ち込みから人生が嫌になっていたことを恥じた。

友人の子どもである彼がひたむきに病気と向かい合っている姿を見て、

一時の感情で右往左往する大人の自分が恥ずかしくなったのだ。

 

病気になって生きていることに感謝をする。

皮肉なものである。

でも、そうやって気付けることはある意味ラッキーなことかもしれない。

自分自身の病気もそうだし、他人の病気でもそう。

病魔を通して自らを改める。

それはそれでアリかな、とてつこは思った。

多様性を認めること = 〇〇ハラスメントが無くなること???

てつこは先日会社の研修で「多様性についての人権啓発研修」なるものを受けた。

その中でDVDを見せられた。

まぁこれまでにも似たようなものを散々見てきたが、

今回はなんとなく違和感を覚えた。

 

DVDでは二例取り上げられていた。

一つは部下の様子に気付けない上司と、言いたいことが言えずに仕事を引き受けてしまう部下の例。

もう一つは妊娠しているがゆえの男性からのボディタッチや、女上司からの「昔はもっとひどかったわよ」という助言に悩む妊婦の例。

いずれもよくある光景で身近な例えだった。

 

違和感を覚えたのはその「結論」。

パワハラ・セクハラが起きない職場にしていこう!』という締めくくりを見て、

てつこは「うーん…」と唸った。

 

ハラスメントにならなきゃいいの???

 

なんだかしょぼい着地点を見せられた気がして、てつこはがっかりした。

多様性ってそんなものなのだろうか。

 

ハラスメントとは当人の意志に関わらず、相手が不快になったり尊厳を傷付けられたりすることをいうらしい。

確かに、いや確かに、

みんなが多様性を理解して相手を認めればハラスメントなるものは無くなる。

そこで大事なのは「ハラスメントが無くなる」ことではなく、

「みんなが多様性を理解する」ことなんじゃないのかなぁ、とてつこは考える。

この生きづらいと言われる社会において、

結果よりもまずは一歩踏み出そうよという意気込みが大事なのではないだろうか。

だからこそ、パワハラセクハラ撲滅!という結果を急かすDVDの内容に違和感を覚えたのだ。

 

てつこ自身、多様性関連で印象的だった思い出が二つ。

職場のおばさまにひょんなことから「オカマとホモとレズって何が違うの?」と聞かれたこと。てつこなりに丁寧に説明してみたら、「まぁそんな世界があるのね!」と彼女なりに?理解しつつも目を丸くされた。

もう一つ、当時の女上司から「最近産休者が多くて困るから、てつちゃんは暫く子ども作らないでね♡」と同性セクハラ発言をいとも簡単に言われたこと。わかりましたと返事したものの、やばい発言ちゃうんかと内心思ったものだ。

 

どちらも無知から派生している驚きや発言。

てつこ自身も知らない世界については勿論知らない。

人間の全てを把握することも神様でない限り難しいことだ。

けれども「知らない」から傷つく人がたくさんいる。

そのことを「知る」こと。それが多様性を理解するということではないだろうか。

 

インターネットやテレビをそれなりにアンテナ高く見ていると、

そこそこ情報が入ってくるものだけれども、そうでもない人もたくさんいる現実。

今回のDVDの製作者も「企業と多様性って言ったらパワハラセクハラっしょ!」みたいな短絡的な思考の人なのだろう、と想像してみる。

 

日本に『多様性』って言葉が浸透するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

【御礼3】

昨日はお恥ずかしい暗黒面を書いてしまい、大変失礼いたしました。

てつこは反省しております。

そしてブクマまでいただき誠にありがとうございます。

お一人お一人にご返信したいのですが、筆不精なので時間がかかりそうで、ここでまとめての御礼で申し訳ありません。

 

今回の件では先方に謝り倒して話をして、なんとか理解してもらいました。

唯一の心許せる人物を繋ぎとめることができ、少しほっとしたところです。

 

ただ、今回の件でてつこ自身の脆さを痛感しました。

てつこは上手く一匹狼ライフを満喫していた「つもり」だったこと、

過去の毒親からの影響から抜け出しつつあると「思っていた」こと、

これからに向けての明るい対策を立てられていた「つもり」だったこと、

全てがまだまだ甘かったなぁと思いました。

何より、

「見捨てられるかもしれない不安」

「孤独への大きな恐怖」

がてつこの心の中にすんごく存在していることに気付きました。

 

相手と対面するときまでの異常な緊張感と吐き気。

相手が「わかった」と言ってくれるまでの手の震え。

それらが物語っていました。

 

コメントいただいたように、てつこは何かマイナスなことがあると

どうしても毒親と結びつけてしまいます。

自らの生育環境への恨みつらみがまだ心に根付いています。

それをすぐに取り払うのは無理だろうから、徐々に距離を置けるようになりたいと

わんわん泣きながら思いました。

 

そして、もっと外への視野を持たないとなぁとも思いました。

例えば、趣味を持ったり、ペットを飼ったり、SNSで誰かと繋がったり…。

リアルな人間関係だと逆にストレスをためやすいてつこには、

これらが第一歩になるかもしれません。

と前々から自分で言いつつも、実現できていないところが反省点です。

 

Twitterやブログを今年始めて本当に良かったと今回の件で思いました。

もし恐怖を吐き出して、それを見てもらって、反応してもらえる場が無かったら・・・

自身の弱さを考えると少しぞっとします。

 

最近はより多くのアクセスもいただき、読者登録もいただき、

心から御礼申し上げます。

これからも皆様のブログを拝見し、色々勉強していきたいと思っています。

引き続きよろしくお願いいたします。